ボルバルマスターズ

聖拳編から転生編期の環境があまりにも《無双竜機ボルバルザーク》に支配されていたことを皮肉って作られた言葉。

2005年春の公式大会であるSCB及び同時期の各地の公認大会など、ボルバルは圧倒的なカードパワーで暴れ回っていた。

特にSCB関東大会(DM-13環境)ではオープン・レギュラーの上位16人がすべてボルバル系列デッキだったという悪夢としか言いようのない結果が出ていた。

ボルバルエクストラターンの条件はバトルゾーンに出すだけと非常に緩く、自然タッチできるならば、ビートダウンだろうがコントロールだろうが非常に多くのデッキで採用することが可能だった。
逆に、余りにも手軽に使用できることから、ボルバルの入れられないデッキタイプや、ボルバル以外のフィニッシャーの多くは、その存在意義を失うこととなってしまった。

また、ボルバルエクストラターンというあまりに強力なメリットと引き換えに特殊敗北条件というデメリットを持ち合わせていた。だが、それはボルバルが出ると状況にかかわらず確実にゲームが終了させられるということであり、その時点でターンが回ってこないことは絶対的であり、プレイヤーの間で非常に嫌がられていた。

また、特殊敗北条件があるとはいえ、それで勝利した側はまるで面白くないのは言うまでもない。好きなだけカードをプレイしたあと、失敗したら勝手に自滅してしまうのだから、使われた側の虚無感、理不尽感は相当なものである。スパークを使って《ボルバルザーク》を受けきる戦術は当時から存在したものの、結局それも相手が「ボルバルで自滅した」だけに終わってしまう。ボルバルが出された以上、負ける以前に自分で勝つ権利すら失われてしまうのである。

環境がたった一枚のフィニッシャーに牛耳られてしまうことはしばしばあるものの、「デッキカードの選択肢を著しく狭める」「出すと間違いなくデュエルが終了する」「使われた側の自力で勝つ要素が失われる」の三点から、ボルバルは他の凶悪フィニッシャーと一線を画していると言えよう。

ボルバルマスターズは、ボルバルプレミアム殿堂に指定された2006年3月まで続いた。誕生からプレミアム殿堂に指定されるまで実に1年9か月と長い期間を要し、その間がデュエマ史上最大の暗黒期とも呼ばれることも。プレイヤーからのここまで言われることになったのは、ボルバルの悪質さは無論、その上でこの期間の長さが極めて大きい。

  • 余談ではあるが、この時期は遊戯王でも先攻1ターンキルが横行、「ジャンケンゲー」と揶揄された時期と重なり、デュエマに限らずTCG全体としても暗黒期であった。

参考


Last-modified: 2018-09-08 (土) 00:40:38